研究室の話

今さらと言えばそれまでだが,研究室に対して抑えきれないほどのイライラが積もったので,先日ここに自分の不満を一心不乱に殴り書いた(下書きモード).研究室の体制だけでなく,教授,院生,学部生,全てに対する不満である.

冷静になった今,その内容を見返してみて,ウェブ上に公開することに意味のない情報だと感じた.大局を捕らえるならば,僕が求める研究室像と現実の研究室像との大きな差に関する不満と言える.

また,先輩の以前のブログを読み漁っていたところ,非常に類似する内容が多く書かれており,自分の不満は今年度に限らず,以前から伝統的に受け継がれてきたもの(皮肉)なのだと確信した(あえてリンクは貼らないでおく).さらに言えば,来年度の研究室が今年度より良くなる可能性は皆無だろうと思っている.

殴り書きした内容を消すのは惜しいので,その一部を書き改めたものを公開する.このブログをこっそり見てる研究室の学生などに伝わること,そしてこの1年間を反省し今後に生かしてくれることを祈っている.

自分たちだけでできると過信したのが過ちの発端

うちの研究室の学生に総じて言えることは,自分の力を過信しすぎていることである.どの班も自分たちだけで研究ができると思ってるらしい.優秀ですね.

さてそんな優秀な学生の集大成はどうなったかと言うと,残念を通り越して失笑の出来である.これで大学を卒業できるなんて考えられない.やはりEラン大学のレベルは最下層ということだろう.そもそも班で研究してるのに,1年間かけて何も成果が出せないっていうのはどういうことなんだろう?バカなの?動物なの?

じゃあどうすれば良かったのかと言えば,先輩に教えを請うことの大切さを知るべきであったと思う.

4年生になったとき,いきなり研究を始めろと言われても右も左もわからないでしょう.論文の探し方だってわからないだろうし,サーベイの仕方だってわからないだろうし,プレゼンの仕方だってわからないだろうし.じゃあなぜそれをわかる人に聞かないのだろう?班で考えることは重要だけど,きちんとした答えがでないまま終わっているのでは考えてないのと同じでしょう.
少なくとも自分は院生としていろいろな経験をしてきているし,学部生を一歩先に導くノウハウを持っていると思う.なぜ院生を利用しないのだろうか?別に同じ研究室の院生に教えを請うことが全てではない.当然何もノウハウを持っていない堕落した院生もいるので,誰に聞くかは自分の判断ですればいい.

自分のことに限って言えば,前に「先輩はいつも忙しそうだから声が掛けられない」みたいなことを言われたことがある.こんな言い訳があるだろうか?それ以前に教えを請う気がないから,声を掛けないんでしょう.もし本当に忙しくても声を掛けてくれれば「じゃあ後で時間作るから少し待ってて」などと言って,ちゃんと時間を作る.

よーするに,自主的に聞きにいく気がなく,困った雰囲気を出していれば院生の方からアドバイスくれるだろうって思ってるんだろう.自分はやる気のない人間にわざわざアドバイスをしにいくほど,お人好しじゃないし,暇じゃない.なめんな.

「実施すること」に価値があると勘違いしている教授や院生

本研究室のゼミでは,ほとんどの学生が聞いていないプレゼン大会が行われる.内容は,研究の進捗報告やサーベイ報告.そして当たり前のようにプレゼン中の大半を睡眠で過ごす教授.
こんな状況だからこそ,誰からも質問が出ず,ただプレゼンして終わりってことになってしまうので,このゼミに価値を見出すためには,自分が院生として学生に正しい指摘をする以外に方法はない.

去年優秀な先輩が卒業してしまったため,その先輩の穴を埋められるほどの知識や思考は自分にはないが,それに少しでも近付きたいと思って努力はした.学生に対しても,毎回ため息が聞こえてくるほど,質問をし続けた.自主的に教えを請わない学生ばかりなので,この機会にアドバイスを投げてあげるのが最適だと思っていたためである.

ただ残念なことに,学生はバカの一つ覚えのように「わかりません」「調べてません」「次回までに調べておきます」と呪文を唱える.とにかくその場を凌ぎたいだけなのが見え見え.何も考えないで「わかりません」って何なの?バカなの?こんなこと言われたら「そうですか」と言うしかないでしょう.

その一方で,発表者ではないメンバーは,質問内容を全て書き出している.書き出すことは大切なのだが,書き終わってこう言う.「今日の質問こんなにありましたよ!流石ですね!(書き出したプリントをパタパタしながら)」もう意味がわからない.

プレゼン大会後の学生の過ちは,その質問内容を元にメンバーで話し合って,1つ1つ潰していくことをしなかったこと.質問の意図がわからなかったり,メンバーで答えが出なかったときは,その質問をした院生に聞きにくればいいだろう.そりゃ,自分の研究分野外のことだとすぐには答えられないかもしれないけど,それでも一緒に議論したり,次の日までに調べておくとか,協力できることはたくさんある.

来年度で改善されるとは思えないが,本研究室のゼミで問題なのは,「実施すること」に価値があると勘違いしている教授や院生だと思う.上記のようにあるテーマに関してプレゼンをするならば,そのプレゼンに対して価値のあるレスポンスをしてあげなければならない.勉強会を開くのだって素晴らしいことだけど,ここでも教授がずっと寝てたり,勉強会を仕切る先輩がよく理解できていなかったりするのも同じことである.学会発表だって同じ.「全国大会はお祭りだから!」とか言って参加することに価値があると勘違いしているから,あきらかに発表できるようなレベルじゃないものを発表させようとしてしまう.だからこそ,本研究室の改善に必要な要素の1つは,まず教授や院生という指導者が正しいレスポンスがすることではないか.

それ以上に問題なのは,学生のやる気のなさである.ゼミがグダグダだから徐々にやる気が萎えていったという意見もあるらしく,それは自分も同感だが,それでもやることはしっかりやって,先輩に教えを請い,努力し続ける気持ちが必要である.もし無茶振りで全国大会に参加させられることになったとしても,そうなってしまった以上,全力で努力をしなければならない.「諸事情で辞退することにした」って何なの?どんな理由であれ,発表辞退なんてものはありえない.意味がわからない.理解できない.

教授や先輩が全て正しいと言う誤解と反論できない弱さ

たまに学生のミーティングに呼ばれたりすることがあるので,そのときは全力で質問や指摘をするのだが,学生は自分の言うことが全て正しいと思っているらしい.大きな誤解である.例えばセキュリティ分野なんて興味があるだけで,研究レベルの知識があるわけではないので,間違った指摘をしてしまっていることもあると思う.ようするに,これは違うなと思えば,どんどん反論して欲しいわけである.意見をぶつけてきて欲しいのである.そうすれば,お互いに問題点が整理されたりして相乗効果が生まれるはずである.そういう気持ちを学生には持っていて欲しかった.

また先週が卒業発表会の原稿提出日であったため,学生ははじめての論文執筆に苦労していたようだが,教授の指摘が納得がいかず,話し合いが終わった後ブツブツと愚痴を言ってるのである.上の例と一緒である.もし教授の言ってることに違和感を感じれば,自分の意図を伝えてどちらが正しいのかを明らかにする必要がある.自分が思うに,学生が納得できないというのも正しいと思っている.なぜなら先生が何度も繰り返し校閲して出来上がった発表会原稿を見て,その出来栄えのヒドさに驚愕したからである.なぜこれでOKなんだろう?やはりEラン基準?

これから挽回できること

ここに書いたほとんどが後の祭り状態で,これから4年生になる現3年生に向けたアドバイスになってしまったかもしれない(3年生はブログを知らないと思うけど).ただ4年生も,まだ挽回できるチャンスが3つある.

  • 1/31の研究室中間発表会
  • 2/14の卒業研究発表会
  • 卒業論文の執筆

わからないことがあればまず考えて,それでも答えがでなければ積極的に先輩を利用する.教授の校閲に納得がいかなければ論理立てて説明する.発表会の準備も入念にやる.さらに重要なのは,自分で自信が持てる論文を書き,発表をすること.教授がOKしたからそれでOKなんて思わないで欲しい.

殴り書きを全て書き改めると,もっと膨大な量になってしまうのだが,この辺で終わりにしておく.学生の最後の頑張りに期待しています.